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銀の滴 降る降る
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シロカニペ ランラン ピシカン
コンカニペ ランラン ピシカン

にほんごであそぼ(NHK教育テレビ 朝8:40〜)を観ていたら
不思議な言葉で歌っていた。
真ん中の女の子はばさばさした羽のような袖で
この言葉の感じ、ふと思い出した。

シマフクロウとサケ 宇梶 静江
フムフムカト フムフムカト 
と始まるアイヌの"村の守り神"シマフクロウの神話。

"カムイユカラ"神様の叙事詩、は
(叙事詩は神物語の他"オイナ"という、英雄、要するにニンゲンの謡もあったりする)
動物神(シマフクロウのほかに熊、狼、烏、燕や蛙も)の鳴声や、
その神の動く音やさまを表現したもの
(蛇だと「アシュン アシュン」シューシューと這う音など)
サケヘ(折返し)と言って、必ずユカラにはあるらしい。
元々祭儀でシャーマンが獲物である動物(=神)に扮して鳴声を発しながら舞う
その所作自体が「ユカラ」というよう。
大体物語の一ばん最初に一回だけ付くのが多く、
動物神の名乗りみたいなもので、
末尾にあったり、ところどころ出てきたりするのもあるみたいで、
でもその、折返し。すんごい新鮮なラインナップの音たちである。
蛙「トーロロ、ハンロク、ハンロク」
熊「フウェ フウェー!」
雀「ハン チキ キー」
鶴「ハン トックリ ワ コローロ」
鼠「ハンキリキリ」(モノをかじる音)

さっきのフムフムカト というのも シマフクロウの静かに鳴く声のよう。

またコレは折返しではなさそうだが、
『シマフクロウとサケ』には楽しい音が飛び出す。
海の水をはねちらすことば。

テレケテレケ ホリピリピ
跳ぶ跳ぶ 跳ねる跳ねる

日本語の文章の中に、こんな表現がひょっこり出てきて、
アイヌには、豊かな言葉の表現があるなあと、感動する。


アイヌ神謡集(知里幸惠 編訳)
には、民俗学者、金田一京助にすすめられ、カムイユカラをまとめたものがあり、
どれもそう長くない叙事詩たちが、アイヌ語と日本語の対訳になっている。
アイヌ語のひとつひとつが楽しめる貴重な1冊なのかもしれない。
そしてこのあと、知里幸惠さんは19歳の若さで急逝してしまうことになる。



ちなみに、宇梶静江さんは俳優の宇梶剛士さんのお母さんで
アイヌの解放運動家としての活動で、家をあけることが多かったことが
剛士少年のココロに淋しさをもたらしたこともなんか、心に迫る。



シロカニペ ランラン ピシカン
コンカニペ ランラン ピシカン
銀のしずく 降る降る まわりに
金のしずく 降る降る まわりに



安東ウメ子
ウタリ オブンパレワ (アルバム『ウポポ サンケ』
も、アイヌの言葉のおもしろさが、とても好きな一曲。
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by t-saekit | 2013-04-17 19:59 | 雑食の本棚 | 絵本・子ども分館
子どもの脳と仮想世界
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子どもの脳と仮想世界―教室から見えるデジタルっ子の今
戸塚滝登

なんか最近、犯罪が異常、と思っていた。
小さい子どもが猟奇的なやり方で殺人をしたりする。

富山で先生をしていた戸塚さん、
1970年代から小学校でのコンピュータ教育実践してきたパイオニア教師として
子どもたちが、うまく仮想世界とつきあっていくことを、
警鐘をならしつつ提案する本。


長崎市佐世保の小学六年生が同級生を殺害するという事件。
自分のHPが荒らされ中傷されたと思ったことから事件が起こってしまった。

ネットという電子コミュニケーションに入ったとたんに子どもたちの身体感覚は消えて
五感が弱められ、感情や情感は伝わりにくくなる。
五感が失われたぶんだけ情動の方は不安定になって攪乱されやすくなる。

コロンバイン高校で起きた男子校生による銃乱射事件も、学校でのトラブルとストレスに悩み、
パソコンとインターネットに入り浸っていたそうである。

いじめの報復を決意する時その手段をパソコンの中の、
クリック一発でのぞきこめる窓、の中から学んでしまう。

ゲーム感覚で及んでしまう犯行について、著者は、以下のような実験で解説する。
電気ショックを与える実験、片方の被験者は姿のない向こう側の対象に、
文字だけの対話で電気ショックを与えていく、
もう片方は気絶したりとリアルに作られているバーチャルリアリティの人物に向けて電気ショックを与える。
文字だけの被験者の方はどんどん電気レベルをあげていってしまう。
逆に、バーチャルリアリティの悶絶する姿を見ていく被験者の方は、「もうこれ以上できない」と
リタイアすることになる。

子ども脳から身体感覚と触覚が失われると心により深刻なダメージを受ける。
相手の感情を理解したり心を読んだりすることがまだ未熟な子ども脳には
身体感覚や直接感覚に頼らずにコミュニケーションすることは難しい。

「ごんぎつね」という昔話、ごんの報われた思いの表現は、
子どもたちにはとても複雑らしい。
かさじぞうを、まねっこ劇で自分たちが演じてみてはじめて、
ミラーニューロンと呼ばれる、
”鏡のように他人の行為をまねることで共感したりするメカニズム”によって、
子どもたちに”他人の心を読む行為”が出来ることになる。
そうやって、思春期がくるまでに「心のひな形」を宿さなければ
脳のしめきりがやってくる。

脳のシナプスとニューロンの繁みはどんどん成長、頭のいいこほど脳はゆっくり育つ。
ただよく使うものは強化して、使わないものは捨ててしまうことになる。
ゆっくり育つと、どんどん脳の回路はどんどん豊かに繁ってくる。
九九もろくに出来なかった子はアインシュタインになった。


”道具”として使うこと、「なぜ」「ふしぎ」と探求しつづける心
ある赴任先で、コンピュータとシンセサイザーで奏でる年輪の音楽の話をもちかけてみる。
小学5年生の女の子がつくりあげたメタセコイアメロディーのワルツ。

詰め込まれるだけでは発達出来ず、その知識を使うための知識、より良い方法を見つけ
発展させる体験を与えなければ成長出来ない。
サーチエンジンで検索しているだけの脳には限界がある。


戸塚さんは言う。
「こどもにバーチャルをひとつ与えれば、引き換えにリアルな能力がひとつ奪われる」
「直接体験と本物体験を最優先する子育てを」
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by t-saekit | 2013-04-01 17:17 | 雑食の本棚 | 絵本・子ども分館