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矢川澄子:ささやく声
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『いづくへか』 矢川澄子 筑摩書房

矢川澄子という名前と初めて会った場所は、半地下にある古ビルヂングの本屋だった。
白くモダンな内装に反した古風なブンガク。
その対照的な存在が新しかったのを憶えている。
彼女が、澁澤龍彦の前の妻であったことを遅ればせながら知った。
そのときは、アリスの名訳についてや、
「永遠の少女」なんて呼ばれていることなんかもちっとも知らなかった。


少女、についての考察
童話、と名のつくものへの不信感
彼女の言葉は現実的で鋭い。

吐く息が耳の辺りで凍りかすかな音を立てる、シベリアの「星のささやき」のように
彼女の声は強くなく、しかし小さなつめたい結晶となって私の耳もとに届く。


アートブックな棚に立て掛けてある時には、もっと若い作家と思っていた。
読むとますます若々しく、
「さよなら人類」で有名になった たま のライブも見に行ったり
さねよしいさ子だって聴くし
原マスミも彼女の周りにひょっこり顔を出している。

約半分を読み噛みしめていたときに
ふと巻末をめくった瞬間に飛び込んできた「自死」の文字にひっくり返った。

死を待つことが、どうして賢い人にできなかった?

『マルテの手記』について触れている箇所、
「何もかもがレディメイド
自分だけの死に方も自分だけの生き方と同じようにこの世から跡を断つのだろう
リルケは80余年でわがままな死に方を、(『るしおる』第45号 2001.12)」

この時点で彼女は自分の、オーダーメイドな死に方を思い描いていたのだろうか?

「いづくへか」
というタイトルの当て所なさが、残された私に空虚さを感じさせている。
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by t-saekit | 2006-02-27 03:16 | 雑食の本棚 | Comments(0)
角田光代:ふつうのひと
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『庭の桜、隣の犬』 角田光代 講談社

激しく盛り上がる小説はじつは好きではない。
本当に知りたいことは、
例えば彼女はどういう風に波の目を読み進んでいるのか、
そこはどんなところか、ということ。

角田光代の描くこの小説は、そういう普通の人生の舵取りを伝えていた。

主人公である房子は、彼女の夫である宗ニの記憶によると、
「いつみても眠そうで退屈そうで
彼女の実家にいてすら、うっすら途方にくれているような」人間である。
しかし彼女は実は小さいころ、超人的記憶力の天才少女と謳われ、テレビに出た事もあるくらい、奇抜な過去を持っている。
しかし、働いたり、主婦をする現在の房子は、そういう能力が、自分に関係ない事ほど憶えさせることに、「なんにも無さ」のようなものを感じているようである。

この話は、そんなふうなローテンションな主人公によって淡々と進んでいく。

他人から見れば数奇な経歴も、本人は意外と地を這って邁進しているので、
きっと誰にもあるだろう特異な能力も、
普通の生活の中で、普通にするべく暮らしているんだろうと思う。
その中で、平坦にできなかった起伏が、
ひとそれぞれの人生を作っていくのだろうと思う。
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by t-saekit | 2006-02-09 22:51 | 雑食の本棚 | Comments(0)
節。
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京都・吉田神社の節分祭へ行きました。
仕事終わりで行ったので、夜の屋台です。
しかも雪がパラつく寒い中・・・!!
(この日に合わせて寒波氏がお越しです!)
なのにたくさんの人出!この節分祭は結構大きなイベントです。
なんといっても屋台の量もハンパねエ!ですが、
屋台の味も半端ありません。牛すじとかじゃがバタとか玉こんにゃくとか
毎年食してしまうのです。おなじみの店で・・・
ええ毎年行くもので・・・

と、なんだか食するために行くのかい、と、
心の声は囁きます。
しかし
昼と夜の節目さえあいまいなこのご時世、
節目の役目が見えない時代ではあります。
もはや夜の闇に鬼を見ることもないのでしょう。
しかしそうは言っても新年の区切りは盛大だったり、
これではいかんと徐々に昔スピリッツに戻る傾向があったりで、
どうにかバランスを保っているようにも見えたりはします。

とりあえず今は様子をみて流れに流されてゆきます。

鬼は〜外(ぱらぱら:三粒)
福は〜内(ぱらぱら:三粒)
・・家入ろっと・・・。

とりあえず、豆まきはしてみました。
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by t-saekit | 2006-02-05 17:54 | そぞろ歩き | Comments(0)
no time
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昼休みはじまりのチャイムが鳴ると
女子は押せ押せで校庭に走り込む。
そしてそこで二人の女子がパンツゴムを足にかけ
(・・・あっ、パンツ用に使う白い平ぺったいゴムです)
三人目がゴムの間を飛びます。
なぜか急に思い出したのです。
夢中になった"ゴム飛び"のことを。

足でゴムを引っ掛けて間を飛ぶ遊び。
上の図のように、向こう側のゴムを引っ掛け持ってきて、
一回、ニ回、三回、
で、また向こう側ゴムを引っ掛け、一回、二回・・・
絡んでしまったら、次の人と交代です。
そしてこれの単純バージョンが「ノータイム」です。
歌いながら「ノータイム(待機)、(飛び初め)一回、二回、三回、」
単純版は向こう側から持ってこず、ただ、二本に渡ったゴム間を。
クリアするとだんだん、飛び型は難しくなります。
また、高さも変わってきます。
ゴムを両足で踏み足をはなすと、ゴムが飛び上がったのを見計らい、
その間を飛んで・・・
もはやわかりません。

ひっかからないように飛ぶのは基本ではありますが、
どちらかというと、飛ぶ美しさ、みたいな、飛ぶ技術、みたいなものを
競っていたように思います。
足版、あやとり、みたいなもんでしょうか。
うまく、すっ、とゴムの間を足が器用にすり抜けて
ぴよん、とはね上がったゴムを離し、狙う先のゴムを捕まえる。
そしてまた離してうまくゴム間に足をさし込む。

放課後も休みの日もゴムとびをしていました。
ひとりでも電信柱とごみ箱に這わせて飛んでいました。
美しく飛べた時の高揚感を、夕暮れの中で噛みしめていました。

しかし一体何が、ノータイム、だったのでしょうか。
脳体無?
野歌医務??
もはやわかりません。

地方や年代によってかどうか、歌も違う様です。
♪・・・パーイパーイの実
とか
♪アメリカフランスヨーロッパ 鐘が鳴ります キンコンカン
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/reader/200509/2005091700011.htm


そういえば♪どちらにしようかな
の続きも各地方違うようです。
私は大阪ですが
「ぷっとこいてぷっとこいてぷっぷっぷ」
と言っていました。
なぜこくのか、
幼いころから笑いを教養(強要)されてきた大阪らしいといえましょう。

話、ずれましたか?
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by t-saekit | 2006-02-01 16:08 | そぞろ歩き | Comments(0)