ヨエコさんが解体した
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解体したあとのヨエコさんを楽屋に訪ねたら
ちんまり立っていた。
あの渦巻くちからを、こんな小さな体で
と思ったらとても凄すぎてなみだが出る。

こんなにたくさんの、
ずっとずっと立って待っていた観衆のひとたちは
もはや立っていたことも忘れてただひたすら、ヨエコさんをみていたことだろう
一心にエネルギーを受けていたことだろう
そんな人たちに囲まれて、そんな人たちを囲む力があるというのに
なにを引きこもることが、なにを苦しいことがあるか、
と思うが、
苦しさを感じる人だから、苦しみをエネルギーにかえる人だからこそ
彼女をみな、想うのだと思う。

どこかの看板を見ただけで
この看板の向こう側に私の知らない人がいて、
ここに居を構えて、誰かと話し、そしてそこに私はおらず
と思うたびに、
私が思っている最中だというのに私はどこにもいなくなり
だれかにいつも浸食される。
街に出る度に、そこかしこの人とすれ違うたびに
ひょいっとその人の人生が私の中で勝手に始まり、
あっちいくたびこっちいくたびだれかの人生が私の中でかけめぐる
ことに恐怖を感じて、家を出たその瞬間から、
もうすでに帰り道に向かっている。
そして時々出ることすら出来なくなることも、現役でヘタレな私には
時々ある。

ということを
ヨエコさんのひきこもり出身の涙を見た時に私の中でかけめぐった。
だれかにもう取り込まれない!
と固く決意してもだれもいつでもやっぱり弱い。
弱さを知っているからこそ、強くなれる。
底を知っているひとは、下の下から根っこが大地をつかんでいる。

ももよんも私の弱さをちゃんと見抜いてくれていて、
ちゃんと指摘してくれていた。
まだまだまだまだ
私はヨエコさんに追いついていない

8年間という期間が信じられないほど濃いエネルギーを
凝縮し爆発させ散ったあのすごい人の
鍵盤のかけらを遺骨として
いつでも私の胸に掛けておこう。
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by t-saekit | 2008-07-22 01:38 | まぼろしの風景


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