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宙にぶらぶら浮かぶもの
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『人のセックスを笑うな』 山崎ナオコーラ

ぶらぶらと垂らした足が下から見えるほど低い空を、小鳥の群れが飛んだ。
生温かいものが、宙に浮かぶことが不思議だった。
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寂しいから誰かに触りたいなんて、ばかだ。
相手を大切な人に思い、しっかり人間関係を築きながら、愛撫はゆっくり優しく丁寧に、
且つ、エッチに、相手の反応を細かく見ながらやるべき。
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しかし恋してみると、形に好みなどないことがわかる。
好きになると、その形に心が食い込む。そういうことだ。
オレのファンタジーにぴったりな形がある訳ではない。
そこにある形に、オレの心が食い込むのだ。
あのゆがみ具合がたまらない。忘れられない。
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べつに愛というのではなく、ただの執着だとも、思う。
燃えている火はいつかは消えるものだ。それゆえに、燃やさずに静かに仲良くはいられないものか、と願う。
しかし、心臓が燃えていないなら、生きていても仕方ない。
恋だとも、愛だとも、名前の付かない、ユリへの愛しさがオレを駆り立てた。
訳もわからず情熱的だった。
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ユリと代々木公園を、手を繋いで散歩した。
自然は美しいことがあるけれど、美しさには向かっていない。
見上げると、枝が伸び、葉っぱが重なり、見たことのない模様を作っている。
美しいと感じるけれど、枝は美しさに向かって伸びてはいない。
枝は偶然に向かって伸びている。
たまたまそういう形になっている。
偶然を作り出そうとしている。
偶然を多発している。
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要は側にいたから心がくっ付いたのだ。
体をくっ付けたから。
オレのAカップもない胸の肉をユリがえぐって持って行き、今もどこかでオレの肉をつねっているのだ。
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小説の、上の文章を読んだら
ユリは、たぶん不細工なほどのアンバランスさを持ってたはずで、
あちこちついた肉のゆがみぐあいや、気まぐれな行動、
けっこうぼさぼさの状態でも、オレはユリを愛する。

わかりやすい美しさ、とか
説明できる性格のそんなとこ、
とか
そういうことではなくて、ただそこにその人がいることで
反応する心と体。

映画では、みるめはぎゅーっとしたくなるし、
ユリは小悪魔っていうかオオアクマやし美人やし
はっきりドキドキできる、切ない恋愛映画。

小説では、
ふさふさの毛から、不気味ににゅうっと出ている鳥の足のなまなましさが、
さわやかな空にぶらぶら浮かぶシーンからいきなり始まるのが
ドキドキよりも、もっと温度が低くて
でもなまあたたかくて、肌をくっつけ合っているような
そしてそこから離れられないような
説明のつかない愛しさを思った。
by t-saekit | 2010-05-14 00:37 | 雑食の本棚


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